理屈休憩所
突然ですが、プログラミングと聞くと、
多くの人はどんなイメージを持つでしょうか。
難しそう?
理屈っぽい?
それとも、面白そう?
私は高校生の頃までは、
どういうものか想像すらできませんでした。
どちらかというと文系寄りだった私は、
大学で初めてプログラミングというものを学びました。
理屈100%の世界、というと
息が詰まるような響きに聞こえるかもしれませんが、
実際には、
ある意味で心の休憩所とすら言えそうな世界でした。
私たちは日々、心と頭を同時に働かせながら、
感情と理屈の入り混じった生活をしていますから、
時には後ろ髪を引かれる思いで
感情を諦めなければいけなかったり、
身の回りでいつもと同じことが起きても、
ついついその時の気分で態度を変えたくなったり。
それぞれが相反するもののように、
引っ張り合いをしていることも多いと思います。
そんな中、
100%理屈で考えないといけないというものは、
言い換えれば、
100%理屈だけで考えていい、のだと思うと
休憩所という意味が、なんとなくでも伝わるでしょうか。
例えば、「Aの数とBの数を足して」と頼むと、
間違いなくAの数とBの数を足してくれる。
「わたしはAが苦手なので、足したくないです」
と返ってくることはまずありません。
もちろん、
「今日はCの気分なので、Cを足しておきました」
と言われることもありません。
もし期待と違う答えが返ってきたときは、
自分の手元をもう一度よく見てみると、
必ず自分の間違いに気づきます。
間違っている時はいつも自分のせい
なんて言うとすごく嫌なものに感じられますが、
逆に言えば、こちらが正しく直せば
100%問題は解決できる、という点がミソなのです。
複雑で難しく絡み合ったシステムを作る時は
1つの間違いを直すのも大変ですが、
それでも、鞄の中で絡まったイヤホンみたいなもので。
ここに通して、次にここに通して…と
よく見てじっくりやれば、絶対に解けてくれるものです。
そう、絶対に。
絶対が約束されていることは、
世の中にはそう多くありませんから。
そう思うと、
不思議な安心感のある世界なんですよね。
他の誰のさじ加減も存在しない所で、
頭の中をゆっくり理屈で整理整頓し、
その間、心には存分に休んでいてもらう…
そんな場所としてのプログラミングの性質を、
ちらっとだけ紹介させていただきました。
興味のある方は、是非とも触れてみてください。
面白いかもしれません。
似たところでは、数独パズルなどでも
同じ感覚が得られると思います。
投稿者プロフィール

最新の記事
非日常2023.03.29奈良公園にて
日常2022.12.01あたため効果
こころのこと2022.09.02プライドとの向き合い方
こころのこと2022.07.08ニュースで不安になる時は